かいたことおきば

メロンと一緒

家庭教師してたときのこわい話その2

ーあらすじー

家庭教師先で、初日から魚座であることなどが気に入られためろんジュースは即座に母の信頼を獲得。英国出身、かっこいい猫のジョージと出会うが…?

 

相変わらず玄関には脚立が、化石のように横に倒れたまま。

トイレの中にはコンビニ本赤ずきんの絵本が落ちている。

お母さんは常に雪山山荘事件の女将さん。

薄暗い部屋の奥から姿を見たことはない妹が狂ったように弾きまくる、ものすごいショパンの旋律……。

 

さて、そんな感じで雑談をしていたら、ゆかりちゃんは恋バナを始めました。

 

「実は、スギノって子と両想いなの」

 

「えっ、そうなんだ!」

 

「でも今、ちょっと喧嘩してるんだ」

 

「喧嘩を?」

 

「喋ったことはないんだけどね」

 

なんて!?!?!?

 

とにかくもう「面白すぎる」と感じた私は、めちゃくちゃにウケるばかり。

物事の本質を見失い、とにかくゆかりちゃんの話に笑っていました。

 

彼女によれば、スギノはバスケ部のキャプテン。身長が高く顔もかっこいい、成績優秀。県内で一番の進学校へ行けるだろうと言われている。華やか。

 

ゆかりちゃんはよくスギノ含む数人の男子に「キモ山」みたいな感じでからかわれているらしいのですが、(ひどい)

普段はスギノはすれ違うとき、「ごめん」と謝ってくれるらしいのです。

 

でもそれをやってくれなかったために、ゆかり激怒。

 

フン!ってすれ違うときそっぽを向いて見せたら、向こうも真似して(?)同じことをしてきたとか。

 

「思春期の男子がそっぽを?」

 

えーっ…そんなことあるんだ。何かよくわかんないけどおもしろいな。

 

その翌週。

「スギノに、謝ろうと思って手紙入れたんです」

 

「おぉー、いいね」

 

「そしたら、スギノから、『あの手紙、何?』って言われちゃった」

 

「え、なんで?」

  

彼女はクスクス笑い出しました。

 

「手紙英語で書いたんだけど、そのっwwwスペルが違ってたからだと思うwwwwww」

 

「いや英語で書いたからだよ!」と私はかなりウケながら実際にツッコみました。仲良くなっていたので。まあ今思えば喧嘩しているって事実もなかったでしょうから、それも含めて、あの手紙はなに?という困惑だったんでしょうけども。

 

でもまあ彼女は「そうなのかなぁ?w」って感じでした。

 

翌週、彼女は行動に出ていました。

 

「実は私、とうとう、スギノに告白しようと自宅に電話かけたんです」(ゆかりちゃんは携帯もパソコンも持ってなかった)

 

「えーーーっ!すごいじゃーん!で、どうだったの!?」

 

「もしもし、って本人が出たから、私、思い切って、『あのさあたしスギノのことずっと前からっ』て言ったら、そこで電話切られちゃって…」

 

「あららら…💦」(そっかそっか、そんな甘酸っぱいことってあるよね、青春だもんね)

 

「たぶん、子機で出て、子機の充電がちょうど切れたんだと思う」

 

「えぇーーーーっ!!!」ガビーン

「ま、前向きーーーーー!!!!!!」

もうジャガーさんの世界だよ。

 

「そ、そうかなぁ!?そんなちょうどよく、切れる…かなぁ??」

 

さすがの私もちょっと心配になってきました。

でも傷つけるからたぶん本人に切られたとははっきり言えないのです。そしてゆかりちゃんは笑ってるけどネタじゃなくて本気で言ってるんです。

 

この時点でスギノと両思いっていうのは、妄想なんだなというのはわかりました。そして今までのも全部本気なんだと。

その他にも、例えば「好きなテレビはアメトーークかな」と言うと「アメトーーク?知らない」と言うので「えーっ!?ほんと?」って驚いたら「世代が違うのかなぁ?」と言われたり 「えっ???」て不思議に思うことは多々ありました。今やってるし、今こそ人気だけど…?みたいな。

そういえば最初の方に「先生はそこの〇〇大なんですね!実はこの子もそこの医学部に行きたいんですよ」って言われたから、すごいできるのかなと思ったら普通だったりもしたな。本人もその気だったし。それも、ん???という感じではありました。

あと、帰ろうと挨拶してたら会ったことない妹が

「さっさと帰れよオラァー!!!」

と、すごい遠くのどこかから突然の罵声を飛ばしてきたこともありました。

フーリガン

マナーの悪い敵チームのサポーターか?

会ったこともないし、そんなに延長もしてないのに、ビックリしてしまいましたが。普通そんなとき親は激怒するはずなんですけど、お母さんは「全くあの子は。ごめんなさいねぇ」で終わりました。いや、普通もっと怒るよね…? え…いやいや…

 

そういった数々の違和感は笑いでうやむやになりましたーーそう、私は「面白ければ好き」という価値観だったので笑えるかどうかが全て、という理由で色んな人と仲良くしていたのです。

 

そのあとは特になにもなく、彼女は無事に志望校に受かりました。

 

数ヶ月後、お母さんから突然電話がありました。

「先生、助けてください」

 

「ど、どうしたんですか!?お久しぶりです」

 

「実はあの子、高校に馴染めなくて。先生のことずっと恋しがってるんです。それで階段から転げ落ちたりしたんです」

 

なんてーーーーーー!?!!?!?!?!?!?!?

 

「なにができるかはわかりませんが行ってみます!」すぐに私は向かいました。

 

「先生!久しぶり」

 

久々に見るゆかりちゃんは相変わらず小柄でおとなしそう。髪はロングからボブになっていました。別に今階段から落ちたわけではないようで、幸い怪我もしてませんでした。よくわからないけどとりあえずほっとしました。

 

でも性格が微妙に、いやかなりかな、攻撃的になっていました。

 

「実はね。私、学校で男子にモテすぎちゃって、そのせいで女子に嫌われてるの」

 

「えっ!…具体的にはどんな感じでモテたのかな?」

 

「〇〇山さんって香ばしいよね、って言われたんだ。意味はわかんないけど多分かわいい人に使う言葉だよね?」

 

 「いや、それは…」

 

そうか、ゆかりちゃんネット環境ないからスラングの意味を知らないんだよな…。どんな時に使われるかはなんとなくわかるけど香ばしいって意味を私も正確には説明できない…

ただかわいいって意味ではないのは確かだ…。

 

「あと、うるせーよ!みたいな感じで教室でキレてしまったことがあって。それもあって女子に嫌われたの。っていうか怖がられた?私って今、デブのまゆぼんと一緒にいるんだけど本当はまゆぼんなんかと一緒にいたくないの。自分は本当はギャルとかそっち系なのに」

 

どうやら、クラス内のカーストで最下位に置かれてしまい、そのことが彼女の自尊心を暴走させ、罪のないまゆぼんを貶めているようでした。

 

「そんな…まゆぼんは中学の時からの友達でしょ?話聞いてたらいい子そうだけどなぁ」

 

「いい子だけどウザい」

 

「えー!」

 

私はその時彼女のピリついた不安定さを感じとりながらもなんとかやんわりと「うーんと、でも、あんまりどうなのかな、香ばしいってそんなにね、ポジティブな意味ではない可能性あるし、もてまくってるっていうか、急に怒ったりするのがみんな驚いちゃったんじゃないかな」等、伝えました。

 

彼女は不服そうにしていました。

 

クスクス笑う癖も消えてしまっていました。

 

「あと私共感覚をテレビで見てからそれを身につけたの。図形に色がついて見える」

「それって、生まれつきじゃないの?」

ちょっとウケましたが、彼女は笑っていませんでした。

 

ふと窓際を見ると三体のいびつな粘土の人形がおいてありました。

「あ、これは天使。作ったの」

「へぇー、かわいいね」

「ありがとう」よく見ると人形の足元には、米粒がいくつか置いてありました。

 

「これをそなえておねがいごとをすると叶えてくれるの。でも叶えすぎるからもうやめて!ってキレたんだ」

 

「えっ、へぇー、そうなんだぁ」

 

本気だ。本気で言ってる。たぶん。…

 

ゆかりちゃんとの楽しかった思い出。

笑い合った日々。

スギノとの恋バナ…。

 

 

そのあと、ゆかりちゃんが階段からまたわざと落ちたので母が病院に連れていくと、そのまま統合失調症と診断されて入院したと知らされました。

 

 

なにが怖いって、家全体の雰囲気はそりゃ怖かったですが、なにより自分の鈍さです。正直責任みたいなものさえ感じました。あのとき、能天気に楽しさを見出しすぎず、(妄想癖があるぞ?)とお母さんに申告したりしたほうがよかったのかもしれない…。いや、遅かれ早かれ入院になったわけだから、、いやでも…。

 

数年後、大学の文化祭に遊びにいった帰り、10月なのにハーフパンツとビーチサンダルで、1人でぶつぶつ喋ったり笑ったりしている女の子と、たまたまボックス席で向かい合って座りました。

 

あっ!

この子ゆかりちゃんだ!

 

多少変わっていたけどすぐわかりました。1人で喋るゆかりちゃんは心ここにあらず、目の前の私には気づきませんでした。私は隣にいた友達になんとか目で訴えかけましたが、話が複雑すぎて目では無理でした。

 

そんなことがあって以来、私は少し慎重な人間になりました。

 

でも笑い合った日々の思い出はきっと心の奥に残っているよね。と思ったりもします。

 

ゆかりちゃんがどこかで幸せになっているといいなと願うばかりです。